糖尿病薬メトホルミンで人間の寿命は延びるか ― Bannister観察研究、TAME Trial、運動効果との相殺
メトホルミン(Metformin)は糖尿病の薬です。長寿薬の候補と呼ばれるようになったのは、Bannister 2014の観察研究がきっかけでした。メトホルミンを飲む糖尿病の人の生存期間が、糖尿病のない人より約15%長かった のです。最初は信じられないような結果でした。 これを人間で確かめようと計画されたのが、6年追跡の大規模RCT(ランダム化比較試験)のTAME Trialです。ただ、資金と規制の問題で開始が遅れ、寿命のデータはまだ出ていません。運動と組み合わせた試験では、気になる結果も出ています。MERIT研究では、運動+メトホルミン群のVO2max(最大酸素摂取量)の伸びが、運動+プラセボ群の約半分にとどまりました(この差は統計的な有意差には届いていません)。インスリンの効きの改善は、はっきり抑えられています。MASTERS試験は、抵抗運動との組み合わせです。こちらも、筋肥大・除脂肪体重・大腿筋面積の増え方がメトホルミン群で抑えられました。 僕は42歳で運動を続けているので、今は飲んでいません。AMPK(エーエムピーケー: 細胞のエネルギー不足を感知するセンサー)は、運動でも動きます。鍛えた分が目減りするかもしれない薬を、先に足す気にはなれませんでした。この記事には、飲む前に読んでおきたい研究と、僕が飲まない理由をまとめています。 エビデンスグレード: ★★☆☆☆(観察研究は強い。RCTが測っているのは寿命の代わりの指標で、運動の効果を打ち消す心配もある) ✓ 積み上がっているもの 観察研究: Bannister 2014では、メトホルミン群の調整後の生存期間(中央値)が約15%長くなりました。比べた相手は、糖尿病のない対照です。英国の診療記録データベースCPRDを使った、約78,000名の解析です 仕組み: AMPKの活性化、ミトコンドリア複合体Iの軽い抑制など、複数の経路が提案されています。GDF15(成長分化因子15)の誘導や、腸内細菌叢の変化もその1つです 糖尿病での実績: UKPDS 34(英国の大規模な糖尿病の介入試験、1998)があります。通常治療群と比べて、全死亡が36%、糖尿病関連死が42%少なくなりました 安全性: 60年以上処方されてきた薬です。乳酸アシドーシスはまれで、長く飲むと起こりうるB12不足は定期検査で対応できます △ これから必要なもの TAME Trial: 非糖尿病の65-79歳約3,000名を6年追う、大規模RCTの計画です。資金と規制の問題で開始が遅れ、結果は2020年代後半〜2030年代前半になりそうです MERIT研究(Konopka 2019): 有酸素運動との組み合わせです。高齢者で、インスリンの効きの改善が運動+プラセボ群より小さくなりました。VO2maxの伸びも約半分でした(有意差なし) MASTERS試験(Walton 2019): 抵抗運動との組み合わせです。筋肥大・除脂肪体重・大腿筋面積の増加が、メトホルミン群で抑えられました ITP: 単独で寿命が有意に延びたという結果は出ていません。ラパマイシンとの併用群は大きく延び、過去のラパマイシン単独の試験と比べて上乗せの可能性が示されています 人間の寿命そのものを主要評価項目にしたRCTは、まだ1本もありません 結論:運動を続けている人は保留、血糖が高めの人は医師と相談する選択肢 メトホルミンは、この10年ほどで長寿薬の候補として最もよく調べられてきた薬の1つです。観察研究の結果は強く、仕組みもいくつか提案されています。安全性も、長い処方の歴史で確かめられてきました。 Bannister 2014の長生きのシグナルは、交絡因子を調整したあとでも残りました 。交絡因子というのは、結果をゆがめる別の要因のことです。「糖尿病の治療を超えて、老化そのものに作用するのでは」という仮説は、このデータから始まっています。 気になるのは、運動との相性です。有酸素運動でも抵抗運動でも、メトホルミン群の伸びが小さくなりました 。MERIT研究(Konopka 2019)とMASTERS試験(Walton 2019)で出た結果でした。運動を長寿の中心に置く人には、どちらも見過ごせません。AMPKをいちばん強く動かすのは運動です。それを薬が打ち消すなら、鍛えた時間のぶんの成果が返ってきにくくなります。 人間で寿命への影響を確かめるTAME Trialは、資金と規制の問題で開始が遅れてきました。結果が出るのは、2020年代後半以降になりそうです。 僕は42歳で、運動を続けています。空腹時血糖もHbA1c(過去1〜2か月の平均血糖を反映する指標)も、正常の範囲です。運動の効果を削る薬を先に足す順番は、僕には合いません。なので、今は飲んでいません。血糖が糖尿病の手前にある人や、運動がどうしても習慣にならない人なら、飲む候補になりうると思います。その場合も、医師の管理のもとで使うのが前提だと感じています。 メトホルミンはどんな薬か:60年の処方歴と長寿仮説 メトホルミンは、血糖を下げる薬です。フレンチライラック(ガレガ)という植物に含まれるガレギン(galegine)をもとに開発され、1957年にフランスで発売されました。今では2型糖尿病の第一選択薬として世界中で処方されていて、日本でも保険適用で広く使われています。 作用メカニズム:しくみは1つに絞れていません メトホルミンが体の中で何をしているのかは、1つの仕組みに絞れていません。提案されている経路は、いまのところ次のようなものです。 AMPKの活性化: エネルギー不足センサーのAMPKを動かします。タンパク質の合成を抑え、オートファジーや脂肪の燃焼を進める方向に傾けます。オートファジーは、細胞が古くなった部品を分解して再利用するしくみです ミトコンドリア複合体Iの軽い抑制: 細胞の呼吸を少し抑えます。その結果として、AMPKが動きます GDF15の誘導: 成長分化因子15を増やして、食欲やエネルギー代謝を調整します 腸内細菌叢の変化: 腸内細菌の顔ぶれが変わります。Akkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)の増加などが観察されています どの経路が長寿にいちばん関係しているのかは、まだはっきりしていません。老化に関わる経路のいくつかに同時に関わるところが、抗老化薬の候補として研究されてきた理由です。 長生きと関係あるのか:Bannister 2014の観察研究 研究 対象 追跡 結果 出典 Bannister et al. 2014 2型糖尿病患者(メトホルミン単剤群7.8万人、スルホニル尿素単剤群1.2万人)、非糖尿病対照群9万人 中央値2.6年 メトホルミン群の調整後生存期間中央値が非糖尿病対照より約15%長い。スルホニル尿素群は非糖尿病対照より約38%短い PMID: 25041462 UKPDS 34(1998) 2型糖尿病かつ過体重の患者753名 中央値10.7年 メトホルミン群が通常治療群より全死亡36%減、糖尿病関連死42%減、心筋梗塞39%減 PMID: 9742977 Bannister 2014では、メトホルミンを飲む糖尿病の人の調整後の生存期間が、約15%長くなっていました 。比べた相手は、糖尿病のない人です。年齢・性別・喫煙・BMIなどを調整しても、この傾向は残っています。「メトホルミンには、糖尿病の治療を超えた作用があるのでは」という仮説の根拠になったデータです。 ...